暴力と憎悪の文化が中東にのさばる―絶望するエジプト人改革派知識人
Published by nabilw 1 year, 5 months ago|
緊急報告シリーズ |
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| Special Dispatch Series No 1618 | Jun/17/2007 |
エジプトのリベラル派知識人ガブリエル(Kamal Gabriel)は、2007年5月23日付改革派サイトElaphに「我々は苦難のトゲをまく」と題する記事を掲載した※1。そのなかで著者は、パレスチナ自治区と中東全体に「暴力と憎悪の文化と心理」が底流するとし、この現象を煽る者はそれを反イスラエル、反欧米行為に使ってきたが、ひとたび根づいてしまうと、統制不可能となり、逆に自分の方にふりかかってきて、ガザ回廊やイラクにみられるような内戦をひき起す結果になった、と論じた。以下その記事内容である※2。 パレスチナ人の体質になった暴力と憎悪の文化 イスラエルの撤退以来ガザ回廊は、今日みるような状態になってしまった。それは、我々の欠陥がもろにでているということである。我々の犯したあやまちの実例といってよい。郷土を共有する兄弟達が、占領の苦しみを味わった揚句、自分の文化に圧倒されて、内部闘争を展開する。この内部抗争は実に深刻な問題である。諸派の意見の相違に由来するとか強力な中央政府がないためとか、武装アナーキーといったことで片付けられない。 勿論、そのような事象はある。しかしそれは問題の本質ではない。二者協議、第三者を仲介者にした会談、或いはまた御伽噺的なアラブ首脳会議をいくら開いたところで、無駄である。そのようなことで克服できない。内部の武力抗争は、パレスチナ人民の体質になっているからだ。敵意をむきだしにして、扇動をもっぱらとする行為が、パレスチナ人民の精神的心理的性向になっている。それは、諸派すべてが共有する。宗派、汎アラブ革命派、左派のどれにも共通する。それは、憎悪の種をまき、暴力に依存し、血をみて狂喜する体質である。 当初それは、所謂敵イスラエルに向けられた。そしてそれは、理性的な相互理解の可能性を打ち砕き、討議、対話、交渉の道を破壊した。平和的解決法を否定し、〝抵抗の選択肢を死守〟するスローガンを高く掲げた。しかし、人間は目的に固執しても手段に執着するものではない。抵抗(武装抵抗)が、心理上文化上唯一の選択肢であってはならないのだ 。 恐らくこれは、暴力という選択肢のなかで目的と手段が癒着してしまった(心理的)状態、といえるだろう。誰か燃えたぎる復讐心にとりつかれた場合、そのようなことが起きる 。 暴力の文化と心理は、二つの理由からパレスチナ人民に根づいてしまった。第一は、理性的な考え方をする人が逃げてしまい、或いは強制排除の憂目にあったことである。バランスをとる力、つまり歯止めがなくなったのだ。暴力の波はあふれかえって洪水となり、理性の人は絶望し、或は自分と家族の身の安全を守るため逃げの一手となり、ますます歯止めがきかなくなる。 第二の理由が宗教。暴力の大半は、郷土解放といった目的達成の手段によるのではなく、宗教的情念によって生みだされているのだ。ジハードの名のもとに暴力を称揚し殺戮を聖別する。暴力の教理は、遂行すべき義務として読まれ、これまで無視されてきたが、今やすべての信徒によって実行されねばならぬ義務として掲げられた。例えばこれは、ファラジ(Abd Al-Salam Farag)の「無視された責務」に書かれている。ちなみにこの書は1970年代からジハード法理論の権威ある法源になっている。 シオニズム憎悪が猿と豚の子孫たるユダヤ人憎悪に変容 これは政治言語に翻訳され、スローガン化された。つまり、アラブ・イスラエル闘争は、領土の境界をめぐる闘争ではない。生存をかけた闘争であって、その具体的行動が、イスラエル民間人の殺戮を目的とする所謂殉教作戦である。憎悪は、シオニズム憎しからサルと豚の子孫たるユダヤ人憎悪に変容したのである。 個人や集団を理性と合理性の文化、つまり合理性と平和的対話を使う文化から引き離し、異質な存在を殺す暴力の文化に入れかえると、統制がきかなくなる。単一の相手だけに向けて使うことができなくなる。理性と合理性なき世界では、このような経過をたどることを恐らく誰も気付いていないだろう。 最初は、相手が聖地を占領しているシオニスト敵だった。それから、人の心に憎悪と暴力が野火の如くひろがった。それはまわりにあるものをすべて焼き尽くしたのだ。まず焼いたのが、理性である。個々人は平衡感覚を失った。人間は平和を(促進する)平和的傾向、暴力を指向する怒りの傾向の二つでバランスされているが、それが崩れてしまうのである 。 平衡感覚が失われ、憎悪と暴力を祝福するようになった。それはシオニスト敵のみでなく、敵と親しくする者や敵を助ける者に対象がひろがった。そして見境いがつかなくなる。たとい彼等が敵だけでなく我々も助けていても、食料や医薬品など我々が依存している相手であっても、憎悪と暴力の対象にするのだ。 我々の暴力と憎悪の対象は、アメリカ、イギリス、西側諸国にひろがった。BBCの 一記者は、ジハード闘争組織の捕虜となり、つかまったままである 。 当然の帰結が兄弟殺し 暴力の文化と心理が支配し、それが拡大していく。その当然の帰結が、今日みられるような兄弟殺しである。それはおぞましく悲惨である。我々全員がそのように感じている。しかしそれを止めようとしても、できなかった。今後もそうであろう。 この点でパレスチナ地区の状態が最悪、一番危ない。しかし、似たようなケースなら、所謂大中東にいくらでもある。例えばイラク。バース党―サッダム主義がのさばった揚句の果てが、スンニ派、シーア派、バース党の三つ巴の乱闘である 。 ほかに何百何千という例がある。一寸見たところ重大ではなく、さし迫った問題ではないように思える。しかし我々はもっと重大であると判断している。何故ならそれは、暴力、話合い拒否の文化と心理が拡散しつつあることを物語るからである しかもこれが、普通の人々の日常生活にみられるのである 。 暴力はいつの時代にもどの場所にも存在してきた。しかし我々は、暴力の著しい拡大のさなかにあるのだ。しかもそれは破局的勢いで大きくなっている。私の考えでは、半世紀に及ぶ憎悪の種を、今収穫しているということである。 この地域の危機は、我々同士、我々と隣人或いは我々と世界の意見の違いや利害の相異が、たまりたまって生じたのではない。意見の違いや利害の相異なら、理性と対話によって溝をうめ解決策をたてることができる。包括的解決もあれば部分的解決もある。完全に満足できて受入れ可能なものもあれば、何とか容認できるというものもあろう。 暴力の文化にはそれがない。この地域の危機の本質はそこにある。この地域の人民は、心理的文化的再教育を必要とする。当然ながらそれには、あらゆる色あいの旗じるしを掲げた暴力、煽動、憎悪をまずストップさせなければならない。 しかし、憎悪のほむらが火勢を増した現在、この前提は成立可能なのであろうか。 ※1 2005年4月5日付 MEMRI TVクリップNo.641「エジプトのリベラル派カマル・ガブリエル 」参照。 http://www.memritv.org/search.asp?ACT=S9&P1=641 . ※2 2007年5月23日付 |
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